昔、私のメルマガ読者からこんなメールをもらったのを覚えている。
「しょせんカネ儲けですか…」
ネットビジネスでカネ稼ぐ系の情報発信をはじめて、メルマガで無料でコンテンツを配り続け、セールスをすると「しょせんはカネ儲けですか」勝手に失望されたわけよ。
この言葉が胸に突き刺さった。アイスピックで突かれた気分になった。
超ショックだった。そりゃ私はカネ儲けでメルマガやってるよ。でも今日まで無料でお前にプレゼントしてきたじゃん。なんで私がカネ儲けして失望されなくちゃいかんの?
でも、そんなのは私の都合、相手には関係ない。ボランティアで稼がせてくれる人だと思っていたらしい。
私は言う。「ええ、そうですね。有料です。カネ儲けかもしれません。でも良いモノなので、良かったら買ってください」
「無料じゃないならいらないです」
そんな返信をもらった。凄く悲しかった。私のコンテンツにはカネを払う価値さえなかったんだと落胆した。
ネットビジネスの世界で善意を期待すると消耗する
上の話は実話。情報発信しているならみんな誰しも数回は貰ったことはあるよね。「あなたのことを信じていたけど、しょせんはカネ儲けか」と勝手に失望される。商品を売ろうとしたら「お金かかるならいらない」そんなことを言われる。
この経験を何度も繰り返して、私はようやく気が付いた。ネットビジネスの世界で善意を期待すると消耗する、と。
人間の善意に期待するとネットビジネスなんてできない。ボランティアでは飯が食えない。
覚えておいてほしい。与えたら返してくれる。これこそ幻想なのだ。
よく言われる「価値提供」で死ぬケース
「ネットビジネスは価値提供がすべてです!」と教えている人をよく見かける。でも真実はこうだ。「買わない奴は買わない」この事実があるだけ。どれだけ価値提供をしても、買わない奴は買わない。
それどころか、価値提供によって「この人は無料でコンテンツをくれる人」だと思われるようになる。結果、舐められる。
舐めた相手にカネを払わない。これは死んでも覚えろ。
メルマガ購読者が多い。なのに全然買ってくれない。なんでだと思う?舐められてるからだよ。で、メルマガ購読者は無料でコンテンツをもらっても、学習しないぞ。もらって満足するだけだ。これ舐められてる証拠。
なぜブログのPVは多いのにアフィリエイト商品が売れない?商品が悪い?違う。お前が舐められてるからだ。
無料でプレゼントし続けてもアナタに感謝をしなくなる。むしろ最悪なのは、上で説明したように、無料で配らなくなった時に「なんで無料じゃないんですか?無料にしてください」と言われるようになる。当たり前だな。
無料で欲しがるけど、死んでもお前にカネを払わない自称・ファンが出来上がるわけだ。そんなモンスターを生んだのは自分。最初の前提を間違えた自分なんだ。忘れてはいけない。死にたくないならな。
いいだろうか。善意で自らのビジネスを殺す。そんなことさえあるのだ。
枯れた花に水を注ぎ続けるようなもの。
Facebookの投稿に「いいね」を押すだけの人間は、見込み顧客ではない。
つまり、「いいね」しか押さない奴が、商品を買うとは限らないし、大抵買わない。
「あなたのファンです」と熱烈にアプローチしてきた自称・ファンはいとも簡単にメルマガ解除する。逆にアンチほど残る。頼んでないのに残るし執拗に追いかけてくる。
無料に飛びつき、有料と知ると去っていく。それが画面の向こう側にいる。
そしてもう1つ知ってくれ。私たちはその画面の向こう側にいる相手に財布を開かせて、クレジットカードを取り出させてお金を払ってもらわなくちゃいけない。そうしなければ私たちは飯が食えない。
善意を捨てろとは言っていない。人間の善意に期待するなというだけだ。善意で人はあなたの商品を買わない。
酷いことばかり言っているけど、なにも私はペシミスト(悲観主義者)なわけじゃない。だが、ネットビジネスをやっていると「まあ、人間ってこんなもんだよね」と思い知らされることになる。それだけなんだよ。
信頼を殺された中学生活
ちょっと私の昔話をしようと思う。ネットビジネスはいっさい関係ない話だ。
私が中学生だったころ、部活の先輩と仲がよくて、学校が終わるといつも遊んでいた。何人かで遊ぶこともあったし、先輩と私の2人で遊ぶこともあった。モンハンをしたりカードゲームで遊んでいた。
ある日、気が付くと、私の机の引き出しにあった遊戯王のレアカードが数枚なくなっていた。
「あれ、どこかやったかな」
その時は気にしなかった。
それから数回、その先輩と2人で遊ぶ時だけ、私の部屋の物がなくなっていった。でも、その時はまさか先輩が盗むなんてのは考えなかったし、単純に私がなくしたんだろうと思い続けていた。
中学2年生になった。私の集めていた遊戯王カードのファイルが丸ごとなくなっていた。私の大事なコレクションだった。先輩が帰ってから部屋を探したが、どこにも見つからなかった。
3日後、なぜか先輩が私がなくした遊戯王カードを持っていた。
私は気づいた。絶望した。
そう、先輩は私からモノを盗み続けていたんだ。中学入学後、今日までずっと毎日時間を過ごし、信頼していた先輩。私から盗み自分のものにして、何食わぬ顔をして今日まで私と関わってきた。
その事実を認識した私は、その先輩と距離を置くようになった。
盗まれたことよりも、培った信頼は嘘で、いとも簡単に関係性は崩れるものなのだと、身に染みて実感させられた。
それもまた人間だということ
信じていた相手にいとも簡単に裏切られる。人間は欲望には勝てないんだろう。欲しかったら人間は盗むんだろう。
それから私は信頼が崩れるイベントを幾度も経験した。彼女を奪われ、手柄を奪われた。失敗を押し付けられた。悪評を流された。助けた相手に裏切られたこともあった。
人間は保身のために人を蹴落とし、挙句の果てに唾を吐きかける。それも人間なんだと。
これ以上、私の裏切られた話を語る気はない。まるで自分が被害者だと主張して同情を買っている気持ちになってしまう。それが酷く気持ち悪い。ただのノンフィクション。その事実があった。惨めに打ちのめされた。それだけでいい。
奴らは「キレイごと」がライフワーク
よく知ってほしい。やさしい世界で生きてきた奴ほど頭にブチこんでほしい。世の中は欲望で回っているんだ。
決して善意で回っていない。「キレイごと」で包み込んでコーティングしているから、見栄えはいいんだ。
「自衛隊を無くしましょう。武力を捨てて平和の対話をしよう」と叫ぶ某政党。暴漢に襲われて殺されかけた後に、同じこと言えるのか。
障がい者を見せモノにするだけの24時間テレビ。偽善でさえない。善にさえ見えない。
東日本大震災で「報道の自由」をかかげて被災者を見世物にしたマスコミ。
世の中は「弱者」を使って上手くやろうとしている奴らばかりだ。これまでも、そして、これからも弱者は利用される。
誰も彼も「利益」で動く
私はそれでも信じてる。人間が愛を持っていることを。そして愛を注げる生き物だと。同時にそれでも簡単に裏切る生き物であることも。
よくも悪くも私は両方の可能性を信じている。それでも私はお前を愛そう。私に付いてきてくれるファン(信者)も、アンチも、傍観者さえも私は信じている。裏切るだろう。打ちのめされるだろう。それでも愛している。
覚えて置いてほしい。ネットビジネスであろうと、関わるのは「人間そのもの」だ。現実世界では見えない人間の汚さをありありと見れる特典付きだ。
最初はネットビジネスの業界に絶望する。弱者を食い物にするエゲツナイ詐欺行為。「あなたを稼がせます」と謳いながら、裏では「アイツら(客)馬鹿だよなwww養分共www」と言える人間たちが平然といるのだから。
ネットビジネス業界なんてのはドブだ。客を財布と見れる奴が大成功する。どれだけ尽くしても、どれだけ与えても究極的には人は利益でしか動かない。
それでも私は弱者が生きていくにはネットビジネスが強いと信じているから。こんなドブのような世界にいても、生きやすい現実を作ることができるから。
だから私はこのブログを運営している。現実を知らしめて、それでも生きようとする弱者のお前へ。私のメール講座「ソウクツ」で待っている。きっと役立つだろう。
…ああ、そうだ。言い忘れた。このメール講座は「私のカネ儲け」のためにやっていて、ボランティアではない。
無料コンテンツは真剣に作っているけど、最終的には私の有料商品を売り込んで、アナタからカネを巻き上げる気でやっていることを忘れないようにしてくれ。
【補足】お金を受け取る罪悪感の消し方
補足。過去に私はこんな記事を書いた。
起業した当時、私は人からお金を受け取ることが怖かった。稼いだお金にも罪悪感があった。クレームが来ないだろうか。本当にネットビジネスやって人のためになるんだろうか。
今の私は「うっせえ、黙ってカネ稼げ。ばーか。文句言われたら返金すればいいじゃん」で済むんだけど、昔の私はお金をもらうときに罪悪感を感じていた。
あなたが私と同じタイプなら、読んで効果があるはずだ。読むがいい。
じゃあな!
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